ヒマだったのでいろんな”罪”について考えてみた

By | 3月 1, 2020

日常暮らしていて、大小問わずどんなことが罪なのかって、考えてないようできっとみんな考えてる、というか無意識にあるというか。

自分の好きなように本能の赴くまま生きてる、みたいに見える人ほど、そういうの意識して生きてるんじゃないかなーと思ったりする。

僕は大学生のころ、コンピュータの勉強の傍ら、哲学や倫理について興味を持って本を読んだりしていました。

なぜかっていうと人工知能に興味があったから、AIは人を滅ぼすとか言われてたものなんで、まず哲学とか倫理やろうという話。


結局コンピュータの勉強あんまりできず、しかも何がわかったわけじゃないんやけども、ただ哲学や宗教で言われる「罪」って気をつけておいて損はないなと、今でもそれはそう思います。

カトリック教で「七つの大罪」ってブラッド・ピッドさん主演の映画にもなったし、日本でもアニメにもなってるけど、たぶん正確に言うと下記の7つ。

  1. 高慢(pride)
  2. 物欲(greed)
  3. 嫉妬(envy)
  4. 怒り(wrath)
  5. 色欲(lust)
  6. 大食(gluttony)
  7. 怠惰(sloth)

それはなんで罪なのかっていうと、その延長上に新聞に載るような犯罪とか、良くないこと、孤独やったり、不幸な自分の姿、とかが待ってるからなんですね。

 

そういうことをとりあえず知識として知った大学生の僕は、なぜか”意図的に”色んな過ちを犯していくわけです。

どんなことしたのか、、たとえばお金使いすぎ(物欲)、ビール飲み放題、脂っこいもの大好きとか(大食)、徹夜で麻雀とか勉強しないとか(怠惰)、そんなレベルではあるんですが。。

もちろん罪悪感もあったけど、それを疑いながら行動してたような気がしてます。

でもそのときにした色んな間違いっていうのは、今も続いてる持病とか、色々もったいないことしたなーっていう後悔、みたいな形でちゃんと尾を引いてる。

悪いことってできないもんやなーっていうのを身を以て学んだというか、その本に書かれている”罪”がどういうものなのかっていう。

今思うと間違った姿勢で昔々偉い人が書いたみたいな小難しい哲学書やらに挑んでいたんやなぁ、と反省する部分もあります。

でも若いときって、たぶんみんなそんなもんじゃないでしょうかと思うこともしばしばな感じで、、^^;

会社で年配社員の方が、若い社員さんに「七つの大罪がー」って説教してる方いましたけどね。

横で聞いてて自分も気をつけなきゃなーと改めて思ったりもしたんですが、言葉にされるとあんまり気分のいいもんじゃないですね、なんか軽いというか。

  • 謙虚であるように心がける

最近は謙虚さは忘れないようにして、口は謹み、やらないくていい仕事とかはなるべくやらない、みたいな感じにできたらいいなと思って仕事してます^^;

仕事も会話もワイルドかつパワフルな方も社会に出ると少なからずいらっしゃいますが、そういう風にはたぶん僕はなれないしなりたくない。

 

あんまり考えもなくなにかやると、罪に似たなにかになりがちなのが人間やと思うんですよね、結果としてそうなってるみたいな話もありつつ。

控えめでいて、仕事は誰よりもキチッとこなせるように努力してる、みたいな人になっていきたい。

で世渡り上手な人っていますよね、僕は世渡りめちゃくちゃ下手なんで、そういう人見ると羨ましくなるときがあります。

  • 羨ましいと思ったら自分を省みる

羨ましいっていうのも罪なことなんですね、まぁ一般的に妬みとか恨みっていうのは良いこととしては捉えられてないですよね。

無意識にやってしまう、思ってしまう罪悪みたいなものに対して、謙虚でありたいなぁと時々思ったりします。


虫も殺すななんて難しいし、仕事は盗めとか、学生は遊べとか、嘘も方便、酒は百薬の長なんていう言葉もあって、罪を助長しているようにもとれる。

でも罪って意識しだすとすごい窮屈なものに思えてきて、自分のためではあるけどそればっかりやと息苦しい。

だからって意識しなくなって忘れると、最終的に良くない目にあってたりする、仏教でいう罪の代表的なものは以下の5つ。

  • 殺生(生き物を殺す)
  • 偸盗(なんか盗む)
  • 邪淫(よこしまなエロ)
  • 妄語(うそをつく)
  • 飲酒(お酒を飲む)

自然体でいて何も悪いことをしないってのはたぶん難しい、意識しすぎて窮屈になりすぎるのも息苦しい、バランスめっちゃ大事ですね。

そういうの考えてると、男女の関係なんていうのはもう、それこそちゃんと色んな人生経験を積んで、準備してからが良いんじゃないかと思ったりします。

罪を犯さない対策として、僕がひとつの解決として行き着いたのが、たぶんありがちですが、仕事や趣味に没頭することです。

こうやって毎日毎日ブログを更新しているのも、帰宅してからけっこうな時間を費やしていますが、それをしている間はいらない考えは浮かんでこない。

仕事でも没頭している間は、何か悪いことが起きたり変な病気にかかったりすることもあんまりないと思う。

  • 何か夢中になれることを持つ

運動もいいですよね、筋トレしたり無駄に階段を上り下りしてみたり、犬をつれて外を散歩したりっていうのも僕の日課になってますが。

そういうのは自分で言うのもおかしいですが、人間として成長できたというか、とりあえずなんとか世の中に適応はできてる元なんやないかと思うんですよね。


罪を意識しすぎると、逆に良くないとも言われます。

祈りを捧げれば、あるいは念仏を唱えれば、あらゆる罪は赦されるものやっていう思想もありますよね。

神様とか仏様が赦されても、人様が許さないってことは往々にしてあることではありますが。。

  • なるべく広い心を持つ

僕のことも、もしかしたら殺したいほど憎んでいる人が今まで関わってきた人の中にいるのかもしれない。

ただ悪い悪いと許さない姿勢は、自分にも相手にも良くないことなんで、個人的にはなるべく大きめの寛容さを持っていたいですね。

テレビのニュースとかで凶悪な犯罪の話とかあったら、だいたい無職とか友達いませんみたいな人が多いですよねー。

色んな罪とか罪らしきものの根源は、ただヒマなだけの時間とかなんかなぁと思ったりもします。

ヒマこそが罪の元、ゲームでも何でもいいんで、無趣味よりは趣味がある方が断然良くて、ヒマへの耐性みたいなことってめっちゃ大事なんかもしれません。

  • ヒマへの耐性をつけておく

世の中がどんどん自動化されて、人工知能で考える必要もなくなって、ただ便利なだけの世の中になるんやったら、ヒマ=罪の元が増えていくのかもしれない。

好きなことで無心になれる心を養っておくことは、これからの時代必要になってくることなんじゃないかと思ったりします。

 

罪って何なのか知ると、それ以前に罪の意識があるってことは幸いなことなんかなと、あるとき思ったんですね。

自分のためという意味でもヒマ耐性という意味でも、善いことだけしていればいいんじゃないかと。

悪いことなんてしても結局のところ自分が損するだけなんで、身についている悪いクセはいったんやめてみる。

善い行い、善行だけする人になろうって思って、っても最初はちょっと難しかった、ちょっと大きめの失敗もしました。

  • 善いことだけをする人になる

善いことをしたあとは気分も良いですよね、運気も間違いなく上昇してるって感じましたし。

ただ善い行いはするのに勇気がいったりもするもんです、ちょっと照れくさかったりもしますからね。

でもそれをちょっと我慢して飛び越えて習慣にしてしまうと、毎日気分良く過ごせたり、予期してなかった幸運が降ってきたりもしました(ウソじゃないです^^;)。

まずは一日一善、そして善いことだけをする習慣を身につけていく、、って当たり前のこと言ってるだけかもしれないけども。

 

なんか中途半端ではありますが、今日はなんとなく普段とは違うことを書いてみよう、ということで自分が思う”罪”への雑感などについて書いてみました。

僕も善いことだけして生きていきたい、でもヒマすぎたりするときに耐えきれず悪いこともしちゃう、それが人間ってもんですよね(開き直り^^;)