最近、OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏が語った発言が大きな議論を呼んでいます。
AIの電力消費批判に対し、「人間が賢くなるのにも20年分の食料とエネルギーがかかっている」と比較したことが発端です。
技術的にはエネルギー効率の話ですが、多くの人がそこに倫理的な違和感を覚えました。
この記事では、その炎上の背景と、エンジニアとしてどう受け止めるべきかを整理していきます。
サム・アルトマン氏の発言とは
インドでのインタビューにおいて、アルトマン氏はAIの電力消費について問われました。
その際、「人間が知能を獲得するまでにかかるエネルギーも相当なものだ」という趣旨の発言をしています。
人間が20年間成長する過程を、知能獲得のための投資コストとして表現した点が特徴です。
AIの1クエリあたりの消費エネルギーと、人間が同じ問いに答えるための脳活動を比較する構図でした。
意図としては「AIの電力だけを切り取って批判するのは公平ではない」という主張ですが、表現のインパクトが非常に強かったのです。
SNSでの反応
この発言は、すぐにSNSで拡散されました。
動画付き投稿は数百のいいねと多数のリポストを集め、炎上状態となりました。
サム・アルトマン
— 小宮 滉 AI Business Lab (@komiya5395) February 22, 2026
「AIの学習エネルギーを批判するが、人間が賢くなるのにも20年分の食料と莫大なエネルギーが必要だ」
人間の圧倒的なコスパの悪さを突く強烈な皮肉。
数ヶ月で人類の叡智を超えるならAIの電気代なんて安すぎる投資。
pic.twitter.com/H8irClJI9u
主な批判は次の通りです。
- 人間をコストで語るな
- 人間の尊厳を軽視している
- AI至上主義ではないか
- 言い方が冷たすぎる
一方で、擁護の声もあります。
- エネルギー比較のフレームを提示しただけ
- 人間の価値を否定しているわけではない
- メディア向けの強いレトリックだ
この対立構図自体が、現在のAI議論の分断を象徴しています。
効率主義への違和感
違和感の核心は「人間を演算装置のように扱った」点にあります。
人生20年を単なるエネルギー消費量として語るとき、そこからは感情や文化、関係性といった要素が抜け落ちます。
効率や能力を唯一の尺度にする姿勢が透けて見えると、多くの人が本能的に反発します。
能力主義が極端化すると、次のような懸念が生まれます。
- AIに及ばない人間は価値が低いのか
- 学習が遅い人はコストなのか
- 生産性が低い存在は不要なのか
もちろんアルトマン氏がそれを明言したわけではありませんが、その発言の方向性に反応した人が多かったのは事実です。
出典:The WAVE TV【AIの独自解説チャンネル】