3.表現スタイルの違いと、それぞれの“天才性”
2人のボーカリストは見た目も雰囲気もまったく異なります。
しかし「表現者としての真摯さ」には共通点があります。
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コムアイさんは「内省」や「違和感」を表現の起点
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非言語的なものをどう提示するかに挑んできた
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詩羽さんは「空気感」や「瞬間性」を重視
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目の前の観客を惹き込むことに長けている
つまり、表現の方向が「深く潜る」か「広く届く」かという違いであり、どちらも現代に必要な“才能の形”です。
また、楽曲提供やプロデューサーは引き続きケンモチヒデフミ氏が務めています。
つまり「水曜日のカンパネラ」という作品世界は地続きであることも特徴です。
ボーカルの個性が変わっても、根幹にある物語性や音楽的冒険心は脈々と受け継がれているのです。
まとめ
「天才」は、才能そのものというよりも、その時代に“何をどう届けるか”に対する鋭い感性だと思います。
コムアイさんは表現の境界線を広げ、詩羽さんはそれを今の空気で再翻訳して見せてくれています。
違っているけれど、どちらもすごい。その事実こそが、ユニットとしての「水曜日のカンパネラ」の本質なのかもしれません。
そして我々ファンは、2人の天才の“違い”を楽しめるという、何ともぜいたくな時代に生きているのです。
SNOWさんの見解
風味そのままで素材を一新した新製品みたいな感じで、よく似てるとこまでエモいですね。
そう思って記事を書いてもらってみました。
僕はひそかにコムアイさんの大ファンだったんですが、長らく洋楽の世界に浸っていて、ふとみたら人が変わってるとかあります?
裏世界にきたみたいな気分になりましたが、たぶん表世界のままなんでしょう。
でも時代の流れというのは加速度的に変わっていってるような、そうでもないような、最近はそうでもないかな。
今後の運営の参考にさせていただきまする。
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