AIアート=簡単ならアートと呼ぶのはもっと「ものすごいもの」になるだろう


3.AIがアートを高める「触媒」としての役割

真に評価されるアートは、「技術の高さ」ではなく「視点の鋭さ」「感情への波及」「社会への問いかけ」を含んでいる。

その点でAIは、アーティストの“手段”であり“触媒”でしかない。

むしろAIの登場によって、人間が持つ「アート的思考」はさらに進化を促される。

たとえば、AIが生成した多数の作品群の中から、何を「選ぶか」「残すか」「伝えるか」に人の個性が宿る。

また、「自分の詩に合った一枚をAIに描かせる」「古典の構図をリミックスしてAIに再構成させる」といった使い方も生まれつつある。

このように、AIはアートの終焉ではなく、「表現の拡張」として捉えられるべき存在だろう。

ただし、それが「ものすごいもの」になるかどうかは、人間の企図と問いかけの深さにかかっている。

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まとめ

AIアートは確かに手軽であり、敷居を劇的に下げた。

しかしそれによって、逆に「本当のアートとは何か」が再定義されようとしている。

簡単にできるものが“アート”であるならば、それを超えて人の心を動かすものは、より「ものすごい」存在になっていく。

そしてそれこそが、AI時代のアートが進むべき道なのかもしれない。


SNOWさんが思うこと

人の手で作る仕事が機械化されて、自動化された例は、歴史を見れば枚挙にいとまがない。

コンビニに並んでいるもので、手作りのものを探す方が難しい。

家を建てるのだって大手の場合は機械である程度作られたものを、人間が組み立てるだけというところも少なくない。

このブログ自体も半自動だし、今回のテーマである芸術や、僕の本業であるソフトウェア業界でも自動生成が流行しつつあります。

自動化できるものは自動化するのは、経済社会においては、もう常識と言っても過言ではないと思います。

そういう感じで、大きな機械を導入するのは大変でも、生成系AIの場合は月々3千円ちょっと。

使う側としても敷居が低く、みんなが参加できるチャンスがあるとも言えるわけですね。